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「酔拳2」に学ぶ、男の生き方3つの教訓

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初見から25年ぶりに「酔拳2」を鑑賞した。
初見当時はまだまだ子供だったので、ストーリーを追うことやジャッキーチェンのアクションを見ることで満足して終わりだった。

しかし、年齢を重ね大人になった今、本作に対する見方、印象は全く異なるものになった。驚くほど含みの多い映画だった。
一言で言えば、男の生き方、男のあり方を伝えているように思えた。

それでは、私が「酔拳2」から教えられた3つの教訓を紹介しようと思う。

 

教訓その1 「酒の飲みすぎ注意」

注目

・父親が、なぜ息子に酔拳を禁止しているかを説明しているシーン
彼は酔拳を禁止している理由を次のように述べている。

「酔拳を使う時には大量の酒を飲む。そこが問題で、大酒を飲めば危険を招く。(中略)大量に飲めば、感覚がマヒし痛みを感じなくなって、その結果、自分の力を過信する。」

 

解説

私たちには酒は欠かせない。
酔った時のトリップ感は、身近に手に入る現実逃避。
辛くて厳しい毎日を戦い続けるためには、時に、こうした現実逃避が必要である。
だから、酒は発明されて以来、歴史から消えたことはない。

しかし、酔うと、必ず気が緩む。そして不幸を招く。
例えば、普段隠していることが勝手に口から出る。
それは好意であったり悪意であったりするのだが、もしそれが悪意からくるものであれば、余計な問題を起こすことになる。
酔っていて覚えていなければ、さらに事態は悪化する。

私たちには酒は必要だ。
しかし、それは自分で自分を制御できる範囲に抑えておかなければならない。

 

教訓その2 「女に耳を貸すな」

注目

・市場でケンカを売られた時に、女友達が酔拳を使えとあおるシーン
・暴漢からネックレスを奪い返す時に、母親が酔拳を使うよう促すシーン

 

解説

人間は迷いが生じた時、悩んでいる時に、無防備になる。
この時に誘惑されてしまうと、人はそれに耳を傾けてしまう。

特に、信頼している人からの誘惑には弱い。
なぜなら、それは誘惑に見えず正当なアドバイスに見えてしまうからだ。

ルールを守ったり、夢や目標に向かって頑張っている真面目な男性ほど、迷いが多い。
なぜなら常に制約と戦っているからだ。常に制約を突破する手段、言い訳を探している。
だから、スキが生まれる。だから、女性からの誘惑に弱いのである。

信頼している人、特に女性からの提案やアドバイスには慎重に対応すること。
誘惑を誘惑と見抜く洞察力が大切である。

参考

誘惑を誘惑と見抜くヒント

どんなに適切なアドバイスに見えても、それが提案した人のメリットになっている場合は、あなたは利用される可能性がある。つまり、それは誘惑の可能性がある。

例えば上に挙げた2つの注目シーンで言えば、
1番目は、自分の好きな酔拳をバカにされた仕返しとして、フェイフォンに酔拳を使わせようとしている。
2番目は、母親が友達に見栄を張るために、酔拳を使わせようとしている。

他人からの提案、アドバイスはありがたいが、一体それは誰のメリットになるのかを、一瞬踏みとどまって考える時間を設けよう。

教訓その3 「覚悟して戦え」

注目

・約束を破って酔拳を使った息子に父親が激怒するシーン
・ラストカット(バッドエンド)

 

解説

2つのシーンに共通するのは、ルールを破ったことに対する罰を受けるという点にある。
さらに注目するべきなのは、いずれにも正当性が認められない点である。

父が激怒するシーンでは、約束を破り酔拳を使ったことに腹を立て、問答無用で息子をたたく。
そして、そこには母を助けるという正当性があったにもかかわらず、フェイフォンはそれを言い訳しない。
ラストカットでは、国を守るという正当性があったにもかかわらず、フェイフォンは身を亡ぼす。

つまり、自分の行動にいかなる正当性があろうとも、ルールを破った罰を受ける。
この厳しさ、救いのなさ、無常。これが男の人生だと教えてくれている。

もし父親が激怒するシーンで、息子の言い訳を聞いて許していたら、
もし映画のラストが国が守られ、主人公も健康体のままだったら、
この映画はずっとぬるくて、印象の残らない映画になっていたに違いない。

力を持つ者は、自分に不利益になること、身を亡ぼすことがわかっていても、戦わねばならない時がある。
それで愛するものが守られるなら、喜んで罰を受けようではないか。
それが力を持つ者に与えられた使命と誇りなのだ。

と、教えられた気がする。

 

(おまけ) 笑いの取り方

注目

・母親初登場シーン
母親登場。真剣な表情と切れのあるカンフーを見せる。しかし、実際は麻雀で遊んでいる。

・ラストバトルで酒を飲むシーン
ついにジャッキーが酒を飲み、これから強くなるぞ、というところで、気分が悪くなる。

 

解説

この2つのシーンは、いずれも観客の期待を存分に上げたところで一気に外す、というパターンで共通している。
お笑いで言うと「外し」とか、「すかし」と言われる技術である。

だが、本当の注目はBGMにある。
おかげでこの場面はファンほど笑えるように仕掛けられている。

前作では、ジャッキーが「将軍令」という曲をバックに酔拳の演舞をするシーンがあった。
この場面はとても印象的で、ファンは演武のそのカッコよさとBGMをセットで記憶している。
つまり、ファンの頭には「この曲=かっこいい」という前提が作られている。

ところが、今作ではそれを踏襲するのではなく、あえてギャグにしている。
結果、見ている側(特に酔拳ファンは)はリズムを崩され、イメージした場面とのギャップに笑わされる、というわけである。

 

まとめ

今回は「酔拳2」を取り上げたが、どんな映画からでも教訓は得られるものである。

たとえどんなにつまらなかったとしても、どんなに退屈なものだったとしても、必ずそこにはメッセージが込められている。
そして、それはストーリーを追いかけるだけでは絶対に見抜けない。

だから、一本映画を見たら一度振り返ってみて、監督の伝えたかったことは何か?
と考える時間を作る習慣ができれば、映画を見た時間もそしてそのあとの人生も有意義なものになる。
そして、それこそ映画の本当の目的なのである。

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